“諫早”の地が初めて歴史の舞台に登場するのは鎌倉時代のことです。しかし、この頃の古文書を紐解くと、諫早ではなく「伊佐早」という名が記されています。
豪族たちが勢力争いを繰り広げていたこの伊佐早地方を統一したのが、西郷尚善という人物でした。あまり馴染みのない名前かもしれませんが、彼が築いた山城の址が現在の諫早公園だと知れば、親近感が湧きますよね。
西郷氏は百年にわたって伊佐早の地を治めましたが、四代目信尚の時代に龍造寺家晴によって討たれてしまいます。
その後、二代目龍造寺直孝は自らの姓と土地の名を「諫早」へと改めました。そしてこの地は、明治維新まで諫早家によって治められてゆくのです。
龍造寺氏が「諫早」と名を改めなければ、今でも諫早は伊佐早のままだったかもしれません。諫早とは、一人の武将が名付けた地名を今でも大切にしている、そんな土地なのです。













